コーネル大学での研究生活その2

試験研究の内容及び状況

 【研究内容】当地で相談の結果,研究課題が「リポ多糖類の血中投与が泌乳牛の養分代謝に及ぼす影響について」に変更された。バクテリアの細胞壁物質であるリポ多糖類(LPS)長期低投与は,グラム陰性菌の感染モデル(新生児大腸菌性敗血症,大腸菌性乳房炎,肺炎,ブルセラ病,子宮炎等)として知られている。しかし,LPSが泌乳牛の飼料摂取量や養分代謝に及ぼす影響の基礎的な機構はあまり知られていない。本研究の目的は,LPSの静脈血中投与が泌乳中〜後期牛(泌乳120〜200日)の飼料摂取量,血中代謝産物およびサイトカイン濃度に及ぼす影響について明らかにすることである。

 【状況】当初,「1.試験研究課題」に示したとおり,妊娠牛における栄養素の体内分配量測定を希望した。しかし,既に博士課程の学生が妊娠牛を用いた48頭規模の試験を開始していたため,供試牛の都合がつかず,泌乳牛を用いた試験に変更となった。
初めに,泌乳中〜後期牛16頭を8頭ずつ対照区(生理的食塩水注入)とLPS注入区(文献値に従って,体重1kg当たり2マイクログラム)に割り当てて実験を開始したが,LPS注入区の供試牛がいずれも実験翌日に起立不能に陥った。そのため,急遽供試牛4頭を用いて注入量を抑制した実験計画に組み直した。

 試験は,4*4のラテン方格法に従って,対照区(生理的食塩水注入)およびLPS注入区3水準(体重1kg当たり0.5, 1.0, 1.5マイクログラム)とした。注入開始後8時間まで30分間隔で直腸・第一胃内温度,心拍・呼吸数を計測し,1時間間隔で採血を実施している。現在は,第二期目の処理が終了したところである。
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 本実験は,アメリカ農務省の免疫学専門の研究者との共同研究ともなっており,サンプルの1部を送ってフローサイトメータを使用した分析を行っている。

所感

 【実験】まず,放射性物質利用者安全講習を受講し,修了試験を受けて合格した。研究室の管理者から,実際の使用に関しての注意を受け,利用者リストに名前を載せていただいた。次に,実験の予算申請書を作成した。過去3年間の論文リストを書き,さらに,研究の背景,目的,手順を何ページも書く必要があった。そのため,申請が通った時点で既に論文の「序論」と「材料と方法」はもう完成していることになる。この後,学内の動物福祉の講習会を受講し,動物倫理委員会に実験計画を申請して,何度か修正のやりとりがあった後に,実施許可がおりた。教育・実験農場作業員への実験内容の説明は,博士課程の学生が担当した。オーバーヘッドプロジェクタ20枚を使用した,本格的なプレゼンテーションであった。

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 当初の計画では,注入開始から4.5時間,30分ごとに採血し,注入終了直後に肝臓穿刺サンプルを採取し,放射性同位体とともに培養し,プロピオン酸,アラニンおよび乳酸から糖新生への合成量を測定する予定であった。修正計画では,適切な投与量を探る意味も含めたため,肝臓培養を中止し,血液のみ採取することとなった。そのため,肝臓穿刺サンプル採取および培養技術の修得が不十分のままとなった。

 実験第一期目は,初めての実験手順で試行錯誤する部分もあり,実験の遂行に2人で朝の7時から翌朝の3時までかかった。第二期目は,準備も手順も慣れてきて,実験開始時に4人の手助けが得られたため,夜の9時には実験が終了した。

 【研究環境】教育・研究農場は,大学から24kmほど離れたところにある。
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 乳牛は全部で380頭おり,職員6人3交代制で24時間世話をしている。実験用乳牛舎は,120頭収納可能で,代謝試験ストールは8頭分ある。搾乳は,1日3回の8時間間隔で,時間は0時半,8時半,16時半である。乳量は平均2万5千ポンド(1万2千kg)で,ニューヨーク州の農家の平均レベルとのこと。飼料は,トウモロコシサイレージを主体とした混合飼料を自走式の給餌機で給与している。残った飼料は,巨大な自走式の掃除機で吸い取り,自動秤量している。
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 研究員と農場作業員の連絡や供試牛の管理を行っているコーディネータが2人(1人女性)いる。月に1回,現場の各部署マネージャー全員(8人中2人女性)と,学部の先生全員との間でミーティングが開催されていた。

 当地の研究室では,インターネットオークションで中古物品を購入することも可能なようである。
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eBayオークションで小児病院から
中古で買ったinfusion pump

 また,特殊な試薬をのぞいて,注文翌日に物品が到着している。コーネル大学畜産学部はニューヨーク州立のはずであるが,Supervisorの助教授と,博士課程の学生さんが昨年出した成果を利用した飼料添加物の新製品が民間会社から発売されていた。その宣伝パンフレットには,昨年発表した講演要旨がそのまま掲載されていた。Supervisorの助教授は,民間会社との打ち合わせや農家見学,講演会に精力的に飛び回っている。
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向こうでにこにこしているのがSupervisorの
トーマス・オーバートン博士(トム)

 学部の廊下には,寄付金をもらった民間会社の名前が記したプレートが掲げられている。学部には4人の普及員が在籍していて,研究の最先端から現場への橋渡し的役割を担っている。ちなみに,先生27人に対して,31人のテクニシャン,18人の秘書がいる。独立行政法人の1つの理想像を見ているような気がする。

 当地の大学での人間関係は,ボス(助・準・正教授計27人,うち女性4人)を中心とした横関係で,ファーストネームで呼び合って活発な議論・討論が行われている。また,助・準・正教授は,研究で独立性があり,若くして(私のSupervisorは29歳で助教授になった)研究グループ(博士課程の学生3人,テクニシャン1人,企業からの研究員1人および私が彼についている)を持ち,その上優秀であればさまざまな研究予算のサポートがある。非常に意欲的なプロジェクトが可能である。アメリカの研究大学には、非常によく「研究能力」を伸ばし、支え、効率的に発揮できる制度・組織があると感じた。

 学期末(12月,5月)に,学部長の先生も含めて,ピザ屋でパーティを行った。今まで2度開催されたが,いずれもアルコール抜きであった。家族パーティを通したつきあいが主流のせいか,グループ全員が集まった飲食会はこの2度だけである。

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